はじめに ― 「最近、テレビの音が大きいね」と言われていませんか?
こんにちは。NPO法人フルーツフルライフの薬剤師 坂本です。
最近、こんな会話が増えていませんか?
- 「テレビの音、もう少し小さくしてくれない?」と家族に言われる
- 電話の声が聞き取りづらくて、何度も聞き返してしまう
- 病院の待合室で、自分の名前が呼ばれたか不安になる
- にぎやかな場所での会話についていけない
「年だから仕方ない」「まだ困るほどじゃないし」と、つい後回しにしていませんか?
実はいま、医学の世界で「難聴を放っておくと、認知症になりやすくなる」という研究結果が次々と発表され、大きな話題になっています。
しかも、2026年に発表されたばかりの日本人を対象とした研究では、認知症の予防可能な原因のうち、もっとも影響が大きいのが「難聴」だったのです。
「聞こえ」と「もの忘れ」は、実は深くつながっていました。
この記事では、薬剤師の立場から、最新の研究結果をもとに、
- なぜ難聴が認知症につながるのか
- どんなサインに気をつければいいのか
- 今日からできる対策は何か
- 補聴器は本当に効果があるのか
を、できるだけやさしい言葉で、ていねいにお伝えします。
少し長くなりますが、ご自身のためにも、ご家族のためにも、ぜひ最後まで読んでみてください。
第1章 衝撃の最新研究
― 認知症の最大の原因は「難聴」だった世界中の医師が注目した『ランセット』の報告
医学の世界には、『ランセット(The Lancet)』という、世界でもっとも権威ある医学雑誌のひとつがあります。お医者さんなら誰でも知っている雑誌で、ここに載った研究は世界中の医療の方針を決めるほどの影響力があります。
そのランセットが2024年、こんな発表をしました。
「認知症の最大45%は、生活習慣を整えることで予防できる」
これは本当に画期的なことでした。
それまで認知症は「年をとれば誰でもなるかもしれない、運命のような病気」と思われていました。けれど最新の研究では、およそ半数は、私たちの生活の工夫で防げる、あるいは発症を遅らせられることがわかってきたのです。
その「予防できる14の原因」のなかで、特に大きな影響を持つ因子として挙げられたのが、
- 難聴(聞こえの低下)
- LDLコレステロール(悪玉コレステロール)
- 運動不足
の3つでした。
日本人にとって、難聴の影響はもっと大きかった
さらに2026年1月、日本人を対象に調べた研究結果が発表されました。東海大学の和佐野浩一郎教授らがおこなった研究で、こちらも『ランセット』系の医学誌に掲載されています。
その結果は、こうでした。
日本人の認知症の約4割は、生活習慣の改善で予防できる。そして、もっとも影響が大きい原因は「難聴」だった。
具体的な数字でいうと、
- 難聴:6.7%
- 運動不足:6.0%
- 高LDLコレステロール:4.5%
これは、「難聴を改善するだけで、日本の認知症のうち約6.7%は予防できる可能性がある」という意味です。日本の認知症の人は2030年に約523万人になると予測されていますから、計算上、何十万人もの方の発症を遅らせたり防いだりできる可能性があるということになります。
「聞こえ」と「もの忘れ」は、こんなに深くつながっていた
「いやいや、耳と脳って別のものでしょう?」
そう思われるかもしれません。私も最初に聞いたときはそう思いました。
でも、よく考えてみると、耳から入った音は脳に届いて、はじめて「言葉」として理解されます。つまり、耳は脳の入口なんです。
その入口がふさがってしまうと、脳に届く情報が減ってしまい、脳の働きにさまざまな影響が出てくる。これがいま、世界中の研究でわかってきたことなんです。
第2章 なぜ難聴が認知症を引き起こすのか
― 3つのメカニズム
ここからは、もう少し詳しく、「なぜ難聴が認知症につながるのか」を見ていきましょう。
研究者たちは、主に3つの理由があると考えています。
メカニズム① 脳に届く刺激が減ってしまう
耳から入る音は、ただの「音」ではありません。
家族の声、テレビのニュース、鳥のさえずり、雨の音、お湯がわく音 ―。これらすべてが、**脳にとって大切な「刺激」**になっています。
脳は、刺激を受けて活動することで、元気を保っています。使われない部分は、だんだん衰えていく。これは脳の自然な性質です。
難聴になると、こうした音の刺激が脳に届きにくくなります。特に、人の声を聞き取るのが難しくなるため、会話で使われる「言語をつかさどる脳の部分」が、十分に活動できなくなってしまうのです。
筋肉と同じで、脳も使わなければ衰えていきます。これが、難聴が認知症のリスクを高める1つめの理由です。
メカニズム② 人との会話が減って、社会から孤立してしまう
聞こえが悪くなると、こんなことが起きやすくなります。
- 何度も聞き返すのが恥ずかしくて、会話を避けるようになる
- 集まりに行っても話の輪に入れず、楽しめなくなる
- 電話に出るのがおっくうになり、人との連絡が減る
- 外出するのが面倒になり、家にこもりがちになる
人との会話は、実は脳にとって最高の「トレーニング」です。相手の話を聞き、理解し、考えて、答える ― この一連の流れが、脳のあちこちを同時に働かせます。
ところが難聴で会話が減ると、このトレーニングがなくなってしまいます。さらに**「社会的な孤立」**そのものが、認知症の大きなリスク因子であることも、研究でわかっています。
「聞こえないから出かけたくない」 → 「人と会わない」 → 「会話が減る」 → 「脳の刺激が減る」
この悪循環が、認知症への道を開いてしまうのです。
メカニズム③ 聞こうとする「努力」が、脳を疲れさせる
これは少し意外に思われるかもしれませんが、聞こえが悪くなると、脳が必死で「足りない音」を補おうとしてフル稼働します。
たとえば、相手の言葉が半分しか聞こえなくても、私たちは前後の文脈や表情から、なんとか意味を推測しようとしますよね。これは脳にとって、とても疲れる作業なのです。
本来なら別のことに使うべき脳のエネルギーが、「聞き取り」だけで消費されてしまう。すると、記憶や思考に使うエネルギーが減ってしまい、脳全体の働きが落ちる ― これが、3つめの理由です。
第3章 こんなサインありませんか?
― 加齢性難聴のチェックリスト
加齢による難聴のことを、医学用語で**「加齢性難聴(かれいせいなんちょう)」**と呼びます。
これは病気というよりも、年齢とともに耳の細胞が少しずつ衰えていく、自然な変化です。多くの場合、両耳とも同じように、ゆっくり進行します。
ゆっくり進行するからこそ、本人は気づきにくい。気づいたときには、かなり進んでいた ― ということもよくあります。
こんなサインに気づいたら要注意
ご自身、あるいはご家族で、次のようなことがないか、ぜひチェックしてみてください。
- テレビやラジオの音量が、家族に「大きすぎる」と言われる
- 電話の声が聞き取りづらい
- 「え?」「もう一度言って」と聞き返すことが増えた
- 早口の人や、女性・子どもの声が聞き取りにくい
- 大勢の集まりで、会話についていけない
- 後ろから呼びかけられても気づかないことがある
- インターホンや電子レンジの音に気づかないことがある
- 自分の声が大きいと言われる
- 病院の待合室で、自分の名前が呼ばれたか不安になる
- 「最近、人付き合いがおっくう」と感じる
3つ以上当てはまったら、一度耳鼻科で聴力検査を受けることをおすすめします。
「年だから」と諦めないで
よく薬局で、こんな声をお聞きします。
「年なんだから、聞こえが悪くなるのは当たり前でしょう」 「べつに困っていないから、ほっておけばいいのよ」
そのお気持ち、よくわかります。
でも、考えてみてください。目が悪くなったら眼鏡をかけますよね。歯が抜けたら入れ歯やインプラントを入れますよね。
耳だって同じです。**聞こえにくくなったら、対策をとることが「自然な健康管理」**なのです。
しかも、最新の研究では、難聴の対策が認知症の予防につながることがわかってきたのですから、なおさら大事にしていきたい問題です。
第4章 今日からできる「耳と脳」を守る7つの習慣
ここからは、補聴器以外にも、毎日の生活の中でできることをお伝えします。
習慣① 大きすぎる音から耳を守る
実は、若いころから大きな音を聞き続けていると、加齢性難聴が進みやすくなることがわかっています。
- イヤホンの音量を上げすぎない
- 長時間の使用を避ける
- 工事現場の近くなどでは耳栓を使う
「もう年だから今さら…」と思わないでください。今からでも、これ以上耳を傷めないことは十分に意味があります。
習慣② 会話の機会を意識して増やす
毎日、誰かと話す時間をつくりましょう。
- 朝、家族とおはようを言い合う
- 近所の方とあいさつを交わす
- 電話で離れた家族や友人と話す
- 地域のサークル、趣味の会に参加する
「最近、誰とも話してないな」と感じたら、要注意のサインです。
習慣③ 1日10分の早歩き
第2章でお伝えしたように、運動も認知症予防の大きな柱です。2025年のランセット誌の研究では、
「中等度の運動を1日10分続けるだけで、認知機能の維持に効果がある」
と報告されています。
「中等度の運動」とは、息が少しはずむ程度の早歩きのことです。10分でいいんです。買い物のついでに、いつもより少し速いペースで歩いてみてください。
習慣④ バランスのよい食事
特に大切なのは、
- 青魚(さば、いわし、さんま):脳にいいDHA・EPAが豊富
- 野菜と果物:抗酸化作用で脳の老化を防ぐ
- 大豆製品(豆腐、納豆):質のよいたんぱく質
- 緑茶:認知機能の維持に役立つという報告も
逆に、塩分のとりすぎ、甘いものや揚げ物のとりすぎには気をつけましょう。これらは血圧やコレステロールにも影響し、認知症リスクを高めます。
習慣⑤ しっかり眠る
睡眠中、脳は1日たまった「老廃物」を掃除しています。この老廃物の中に、認知症の原因となる物質も含まれているのです。
- 毎日同じ時間に寝起きする
- 寝る前のスマホ・テレビを控える
- 昼寝は30分以内に
- 寝室を暗く、静かに保つ
7時間前後の睡眠が理想とされていますが、年齢とともに必要な睡眠時間は短くなります。「ぐっすり眠れた」と感じることが大切です。
習慣⑥ 血圧・血糖・コレステロールの管理
これらの生活習慣病は、脳の血管を傷めます。脳の血管が傷むと、認知症のリスクが大きく上がります。
定期的に健康診断を受け、もしお薬が処方されているなら、きちんと続けることが大事です。
「血圧の薬を飲み忘れちゃって」「血糖値が高いけど自覚症状ないし」 ― お気持ちはわかりますが、これらの管理は、間違いなく将来の認知症予防につながります。お薬のことでわからないことがあれば、ぜひかかりつけの薬剤師にご相談ください。
習慣⑦ 趣味と人とのつながりを大切に
最後に、これが本当に大事なことです。
- 楽しいと感じる趣味を持つ
- 家族や友人と定期的に会う
- 地域の活動に参加する
- 新しいことに挑戦してみる
脳は「楽しい」「うれしい」と感じたとき、もっとも活発に働きます。笑顔で過ごす時間が長い方ほど、認知症になりにくいという研究もあります。
第5章 ご家族のみなさまへ
― こんなふうに支えてあげてください
この記事をご家族の方が読んでくださっているかもしれません。
親御さんの聞こえが悪くなってきた、と感じたとき、どう接すればいいでしょうか。
やってほしいこと
- 正面から、ゆっくり、はっきり話す:横や後ろからではなく、顔を見せながら
- 静かな環境で大事な話をする:テレビは消す、騒がしい場所は避ける
- 本人のペースを尊重する:聞き返されても、嫌な顔をしない
- 耳鼻科の受診を、優しく勧める:「私も心配だから、一緒に行こう」と寄り添う形で
避けてほしいこと
- 「何回言わせるの!」と怒る
- 「もういいよ」と話を打ち切る
- 大声で耳元から怒鳴る(かえって聞こえにくくなります)
- 本人を抜きにして、勝手に決めてしまう
ご本人にとって、聞こえが悪くなることは、思っている以上に不安でつらいことです。**「自分はだんだん家族とずれていってしまう」**という孤独を感じていることもあります。
そんなとき、ご家族の優しい声かけや、寄り添う姿勢が、何よりの支えになります。
第6章 よくあるご質問
― 薬剤師がお答えします
ここからは、よくいただくご質問にお答えしていきます。
Q1. 補聴器と集音器って、どう違うのですか?
補聴器は、医療機器として国に認められたもので、一人ひとりの聞こえに合わせて細かく調整できます。一方、集音器は家電製品の扱いで、音をただ大きくするだけのものが多いです。
通販などで安く売られているのは、ほとんどが集音器です。安いからと飛びつくと、かえって耳を傷めることもあるので、注意が必要です。
Q2. 認知症の薬を飲んでいれば、難聴の対策はしなくていい?
いいえ、別々に考える必要があります。認知症のお薬は症状の進行を遅らせるためのもので、難聴そのものを改善するわけではありません。聞こえの対策は、お薬とは別に取り組んでいただくことが大切です。
Q3. 耳鳴りがするのですが、これも難聴と関係ありますか?
はい、関係することが多いです。加齢性難聴の方の多くが、耳鳴りも経験されています。「キーン」「ジー」といった音が続く場合は、一度耳鼻科を受診してみてください。
Q4. 耳を温めると、聞こえがよくなりますか?
医学的に「聞こえが改善する」というはっきりした根拠はありません。ただ、血行が良くなることで気分がよくなることはあるかもしれません。基本的には、適切な対策をとることが大事です。
Q5. 補聴器をつけると、かえって耳が悪くなりませんか?
正しく調整された補聴器であれば、その心配はほとんどありません。むしろ、聞こえを補わずに放置するほうが、脳への悪影響が大きいと考えられています。
おわりに
― あなたとご家族の未来のために
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
「聞こえにくいな」と感じることは、年齢を重ねれば誰にでも起こりうることです。それ自体は、決して恥ずかしいことでも、隠さなければいけないことでもありません。
大切なのは、そのサインに気づいたときに、どう向き合うかです。
「年だから仕方ない」と諦めるか、 「これからも家族と楽しく過ごしたいから、対策しよう」と一歩踏み出すか。
その選択が、5年後、10年後のあなたの脳の元気を、大きく変えるかもしれません。
最新の研究は、私たちにこう教えてくれています。
認知症は、運命ではない。生活の工夫で、半分近くは防げる、あるいは遅らせられる。そして、その中でもっとも大きな鍵を握っているのが「聞こえ」だった。
これは、希望のメッセージだと、私は思います。
もし今、ご自身やご家族の聞こえに少しでも不安があれば、まずは耳鼻科で相談してみてください。それだけで、ずいぶん安心できます。
そして、お薬のこと、健康のこと、なにか気になることがあれば、いつでもお近くの薬局にいる薬剤師にお声がけください。私たち薬剤師は、みなさまの健康な毎日を支える、身近なパートナーでありたいと願っています。
どうか、これからも、笑顔で、家族や大切な人との会話を楽しめる毎日が続きますように。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
この記事の参考文献
- The Lancet Commission on Dementia Prevention, Intervention, and Care 2024
- Wasano K, et al. The Lancet Regional Health – Western Pacific 2026年1月号
- ACHIEVE試験(2023年発表)
- 国立長寿医療研究センター
- 日本認知症予防学会
- 厚生労働省「認知症施策推進総合戦略」
※本記事は一般的な健康情報の提供を目的としており、個別の診断・治療の代わりになるものではありません。気になる症状がある方は、必ず医療機関にご相談ください。
この記事を書いた人:NPO法人フルーツフルライフ 薬剤師 坂本
昭和34年生まれの、前期高齢者。元1部上場製薬会社の研究員。
人生の先輩、ご同輩のみなさまに、難しい医学の話を、できるだけわかりやすくお届けすることを大切にしています。
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